web制作の現場の未来についての思考 #003

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つづき #003 最終回
#002はここ→http://blog.sph62.net/2009/07/web-002.html
#001はここ→http://blog.sph62.net/2009/07/web-001.html


web制作の世界においても同じ流れをたどると感じる。
それは、コンピューターサイエンスの進化と共に、今よりさらに情報は整理され、
技術はより習得しやすく、誰にでも扱えるものとなり、専門性は共有化される方向に流れ、
デザイナー、ディレクター、コーダー、プログラマの境界はますます薄れていく。
コンセプトを実際の形にする流れは最適化され、よりクリエイティブを発揮しやすい環境へと変化するだろう。
共有化された専門性は一般化し、それは出来上がってくるサイトにも感じられるレベルにまで至るだろう。
また、クライアントの要求の質もそのような流れに沿ったものへと変化してくると予想される。

今後5年ないし、そう遠くない未来には現実になってくる。
web制作にかかわる誰もがwebマスターの視点を持てるようになるはずだ。

建築の分野では、新しい試みを実験したりするためには、予算だったり、なんやかんやの
制約がかかり、実際にそれを行えるのかという問題が今切迫したものとしてあがってきている。
しかし、webの世界においては、まったくその制約ははく、オープンソースに上げられる、
無償の実験的試みは日々繰り返されている訳で、
その点、建築よりも早く制作の流れは連続性を帯びたものとなっていくだろう。


この流れをはじめから取り組んだ新しい会社がもうすでに出て来始めていると感じる。


では、ワンストップソリューションは当たり前に変わりつつある中にいて、
今の制作者が持つべき考え方とはどういったものか。

これは私論だけれども、一制作者として、もう今は全部勉強しちゃえばいいと思う。
プログラムもデザインも、マーケも今のうちになんでも取り込んでおけば良いと。

変化のながれは日々感じれれないレベルではあるが、確実に進んでいる。
革新的な変化はそう頻繁に起こるものではない訳で、
今から2,3年前を思い起こせば、その小さな変化が大きな流れとなってで出来ているはずだ。
例を挙げるなら、あのブログブームから発したCMSが当たり前の今なんて。

新しいwebを作る、今までにないwebを作る、その制作者の思いは、
急激な変化を伴って出現する可能性は無きにしも非ずだが、一歩一歩少しづつ進行している。
その流れの中にいる自分。

思い返せば、僕がwebの世界に入ろうと思ったときに、
デザイナーになりたいが、プログラムもしたし、いや、提案もしたいと思って、
全然方向性が定まらずに今も全部やってる(勉強レベル含め)のは、どこかしらこういう風に感じたからだった。

ん、まぁ、まとめてみるとすごく楽観的だな・・

でも、これはこれでブログに残しておくのもいいかな。


で、今の僕はその先を考えている。
大体自分の中でのその実体は見えているものの、もう少し勉強しないと形にならない。
まとまったらまた書くよ。いや、できれば先に形にして見て感じてほしいな。 なんて。


2009.7.2 3:15 am
伊東豊雄先生ありがとう。 小山貴彬

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コメント(2)

いやいや興味深く拝見させてもらいました。
とっても読み応えがあって、面白いですねぇ。
そして飲んで帰ってからこの大作を書く精神力がやばい。
あんまり無理して体壊さないようにね。笑

さてさて内容についての考察をさせてもらいます。
自分もこの業界に関わっている人として、制作の現場がどのようになっていくべきなのか?むしろどうしていくべきなのか?というのをよく考えたりします。
文中で出てきた「知の共有によって誰もがwebマスターの視点を持てるようになる」っていうのはまさにそのとおりだなぁと思いつつ、100人のwebマスターが集まる組織ってどんなだろう?って考えてみたり。
そもそも組織じゃないのかな…

僕が特に興味があるのがこの部分で、誰もが何でもできるってことは逆に考えれば誰でもいいとなってしまって、価値基準が難しくなっちゃうのが問題ですよね。そう考えると、取りまとめる人が必要だったり、と分業化に戻っていってしまう気もする。
個人的には、やっぱり主となるものは一つありながらも、あれもこれも知ってるしちょっとできます。という人達を組織としてどう取りまとめ、相乗効果を作り、楽しい創作をしていくのか?というのが課題ですね。

おぉっとっ! コメントありがとうございます。
分業化が逆に起こるのではないかと言うご意見、確かにそうだと思います。
専門性無しには出来ないこと、経験や感性が必要になる場合を考えたときに、そこに分業化が図られるけれども、各人のカバーする範囲は広くなればなるほど、パスを出したときに受け取りやすく、またどこにパスを出せば次の人は受け取りやすいか、と言ったことが考えられるようになるのではと思います。
きっと重要なのは、そういった境界を自らの中に作らないことだと思います。
誰もがwebマスターな時代であっても、担当区分が分かれるのは、人が社会の中で生きていく上で自然と形成されるグループだったり、リーダだったり、そういう周囲のの環境との調和を自らの中に求め、自然と自分自身がある担当になると言うプロセスで形成されると思います。そのプロセスは管理された社会の中ではなかなか発生しにくいと思いますが、これからの世の中がきっとそういった方向に変化していく、いや、加藤さんのような方がそういう方向に社会を変えていかれると思うので、期待しております!

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