つづき。#002
#001はここ→http://blog.sph62.net/2009/07/web-001.html
んーと、先に断わっておくと、僕は趣味レベルで建築が好きで、
本なんか読んだり、ちょこちょこ見に出かけたりする感じなので、
専門的なことまでは詳しく勉強している訳ではないんだけども、
建築の世界で昨今、起こっていることは、
なんかあのーちゃんとした表現がボキャブラリに無いのがあれだけど、
ひと世代前のものと比べると全く違う形態をとっているように感じる。
オブジェクト的なものから人間の身体性とか空間から得られる感覚とかを重視するようになり、
技術的な進歩と並行して、建築物自体の表現の幅が広がり、
よりデザイン的に、有機的に環境と調和した形として現れ、
そこにしっかりとした構造があるものとしてできている。
建築の世界ではもはや当たり前のことだが、分業化が隅々までに施されていて、
一つの建築を作るにしても、建築士、土木技師、構造計算のエンジニア、建具屋さん、それから現場での作業員、インテリアデザイナー、いろいろな人が大規模にかかわっている世界だ。
そのなかで、ある種クリエイティブな表現を行いたいと考え、
設計から施工に至る過程の中で行われている情報のやり取りは、
もうwebの比じゃないくらい大規模なものだろうし、
ちょっと想像もできないのだが、
僕の好きな伊東豊雄さんがおっしゃられていたことの中に興味深いお話があった。
それだけ多数の人がかかわり、複雑な施工が行われている現場においても、
それを指揮する人たちの中においても、構造計算のレベルでも建築家からのコンセプトを共有し、
各人が自らの中で3次元的な空間のイメージを再構築し、それを形にするための方法をも
職人さんたちは自発的に考えて作業を行っている。
それぞれの段階で、その工程にかかわる人間がそれぞれ考え、未来予想図を描いている。
今はまだ、その工程間で情報のやり取りを伴う不連続なものだけれども、
今後10年以内にはもっと連続性を帯びて、
どこまでが設計・デザインで、どこまでが施工なのかという区別はなくなってくるに違いない。
施工の例えば、金工の段階、内装の段階、配線の段階において、古くからある各工程の従事者が
守ってきた領域・担当区分の境界は、いまだかつてない新しい試みを
実際に建築として組み上げるという課題に直面した時に、その柵を考えてはいられない状態へと遷移するだろう。
そしてその流れは加速している。
と。
また長くなったので、つづく。
てか、自分の要約力の無さにあきれる。
#001はここ→http://blog.sph62.net/2009/07/web-001.html
んーと、先に断わっておくと、僕は趣味レベルで建築が好きで、
本なんか読んだり、ちょこちょこ見に出かけたりする感じなので、
専門的なことまでは詳しく勉強している訳ではないんだけども、
建築の世界で昨今、起こっていることは、
なんかあのーちゃんとした表現がボキャブラリに無いのがあれだけど、
ひと世代前のものと比べると全く違う形態をとっているように感じる。
オブジェクト的なものから人間の身体性とか空間から得られる感覚とかを重視するようになり、
技術的な進歩と並行して、建築物自体の表現の幅が広がり、
よりデザイン的に、有機的に環境と調和した形として現れ、
そこにしっかりとした構造があるものとしてできている。
建築の世界ではもはや当たり前のことだが、分業化が隅々までに施されていて、
一つの建築を作るにしても、建築士、土木技師、構造計算のエンジニア、建具屋さん、それから現場での作業員、インテリアデザイナー、いろいろな人が大規模にかかわっている世界だ。
そのなかで、ある種クリエイティブな表現を行いたいと考え、
設計から施工に至る過程の中で行われている情報のやり取りは、
もうwebの比じゃないくらい大規模なものだろうし、
ちょっと想像もできないのだが、
僕の好きな伊東豊雄さんがおっしゃられていたことの中に興味深いお話があった。
それだけ多数の人がかかわり、複雑な施工が行われている現場においても、
それを指揮する人たちの中においても、構造計算のレベルでも建築家からのコンセプトを共有し、
各人が自らの中で3次元的な空間のイメージを再構築し、それを形にするための方法をも
職人さんたちは自発的に考えて作業を行っている。
それぞれの段階で、その工程にかかわる人間がそれぞれ考え、未来予想図を描いている。
今はまだ、その工程間で情報のやり取りを伴う不連続なものだけれども、
今後10年以内にはもっと連続性を帯びて、
どこまでが設計・デザインで、どこまでが施工なのかという区別はなくなってくるに違いない。
施工の例えば、金工の段階、内装の段階、配線の段階において、古くからある各工程の従事者が
守ってきた領域・担当区分の境界は、いまだかつてない新しい試みを
実際に建築として組み上げるという課題に直面した時に、その柵を考えてはいられない状態へと遷移するだろう。
そしてその流れは加速している。
と。
また長くなったので、つづく。
てか、自分の要約力の無さにあきれる。


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